浮世の画家(NHK土曜ドラマ)
ノーベル賞を受賞したカズオ・イシグロの作品。
実は昨年読んだ。というかイシグロで読んだたった唯一の本だ。
『浮世の画家』
主人公の小野益次を渡辺謙が演じている。
ちなみに内容は浮世絵を描いた話ではない。
時代は戦後。戦前から大勢に影響を与えた画家の立場が、終戦による価値観の違いで立場を大きく変化させる。
娘の縁談にまで影響する事態の中で、苦悩する主人公のさま描く。
”失敬な”あるいは”国賊”という厳しい言葉が行き交う。
戦前は巨匠と呼ばれる大家だったのに、戦後は国賊と評価されてしまう。
もともと弟子だった黒田(萩原聖人)という画家が、戦前に小野を支持していたのに、戦後彼の立場を糾弾する。
これを境にすべてがギクシャクしてゆく。
そして小野の師匠との対峙が、自分と黒田との衝突を生む。血は争えないということだろうか。
そして戦時下で黒田を非国民として通報する。そのことが小野の人生のその後を大きく狂わせてゆくことになる。
小野は弟子を売ったのだ。
売国奴ではなく、自らの弟子を国に売った。
時間の経過でそのことを記憶から消し去ろうとする自分と周囲が小野を見る目がかみ合わない現実が老いた主人公に押し寄せる。
小説ではイメージすることができなかった『独善』という作品などは、小説の域を超えている。
NHKが8Kを普及させるために制作したドラマだけあって、芸術的な映像を随所に交えている。
『ファイトクラブ』にも似た自己否定と失われた記憶をめぐるサスペンスチックな展開が素晴らしかった。自分の作品を燃やしてしまったことも記憶から消してしまった自分。そんな心理面の逆転が衝撃的だ。
自分を否定し続けることが芸術だとしたらそれはそれで残酷なことだ。
ちなみに、このドラマは音楽も素晴らしかった。
そして衣装デザインを黒澤和子さんが担当されていた。
イシグロの本は読んでいないが、『日の名残り』という映画を見た。
あの映画を見れば、彼がイギリス人であることを理解できる。
イギリス人が描いた日本人としての本作を見ると、イシグロの類まれな研究心と才能を実感できる。
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