心の資本
世界は今のところ、常に資本を必要としている。資本主義だから。
まずは、今朝の日経春秋
ベストセラーとなった歴史書「サピエンス全史」に、英国の東インド会社の逸話が出てくる。19世紀後半にかけて、貿易企業のワクを超え、最大35万人もの兵を備えたという。交戦権を持ち、かつ人々から税も集めて、権力機構としてインドの富を支配していたようだ。
▼財と情報を握り、国家以上の存在として振る舞ったのである。膨大なデータとネットワークが武器のプラットフォーマーと呼ばれる巨大IT企業も、よもや似たもくろみで動いているのではあるまい。米フェイスブックがデジタル通貨リブラの発行をめざす、と発表した。新たな金融システムを構築しようというのである。
▼早速、システムを作る意図や信頼性などに多くの疑問が湧き上がっている。ただ、低コストで簡略な点など、従来、送金や決済のサービスの光が届かなかった層には恩恵もありそうだ。折しも、今日は参院選の公示である。有権者の最大の関心事である年金や医療など社会保障に関し、どんな論戦が繰り広げられるだろう。
▼とかく政争の具となりやすい分野で、IT企業が「これもウチが」と名乗り出そうな気もする。最適な資源配分はお手の物だろうが、何とか自ら解決の道を探り、次の世代へ引き継ぎたいものだ。そのためにもまず候補者の主張に耳を傾けよう。インド独立の父、ガンジーの言。未来は我々が今何をなすかにかかっている。
言ってみれば東インド会社は軍である。イギリス軍がインドを武力制圧し”会社”という名のもとに新たな仕組みを生み出したのである。
それが貨幣という形を変えて世界に拡散する。あとはその貨幣の信用度だ。そして信用が資本となり会社を拡大再生産の投資へと向かわせるのである。
昨今の資本は貨幣だけではないようだ。
日経論説委員の西城郁夫氏が「核心」に示した「心の資本」は、いかにも現代的である。
組織の活力を高め、イノベーションをどう起こすか。世界中の企業の関心事だが、米グーグルが大がかりな社内調査を経てたどり着いたキーワードは「心理的安全性」だ。
これはもともと米ハーバード大の研究者が唱えた概念で「この職場(チーム)なら何を言っても安全」という感覚を構成員が共有することだ。何かいいアイデアがひらめいたら、すぐに発言し、実行に移す。仮に新しい試みが失敗に終わっても、嘲笑されたり罰せられたりせず、引き続きチームの一員として尊重される(と本人が確信する)。
こんな「心理的安全性」の高いチームは仮に個々人の能力が劣る場合でも、「安全性」の低いチームに比べて、高い成果を上げ続けることが判明したのだ。グーグルはこの結果を踏まえて管理職向けの心得集をまとめた。その中からいくつか紹介しよう。
・部下と話すときは、知らぬ間に否定的な表情を浮かべていないか注意する。
・チームメンバーから学ぼうという姿勢で質問する。
・問題が起きても、相手を責めるような言い方はせず、どうすれば問題を解決できるかに焦点をあてる――
こうした小さな取り組みを重ねることで職場の「心理的安全性」が高まり、そこから新しいアイデアやイノベーションが湧き出す。グーグルの急成長の軌跡は心理的アプローチが組織の活性化に多大な効果を持つ証左と言える。
「資本」の原義は事業の元手となる資金のことだが、そこから「ナレッジキャピタル」「ソーシャルキャピタル」などの言葉が生まれた。知識や人と人の結びつきが、企業活動の基盤という発想だ。それに続いて登場したのがマインドキャピタル、つまり「心の資本」という考え方だ。
米カリフォルニア大のソニア・リュボミアスキー教授によると、「自分は幸福だ」と感じている人はそうでない人より仕事の生産性が31%高く創造性は3倍になることが分かった。幸福心理学の第一人者である同教授は「成功が幸福を招くのではない。幸福(だと感じること)が成功を生むのだ」とも指摘する。
社員の心の状態が仕事ぶりに直結し、企業業績にも少なからざる影響を及ぼすのは、言われてみれば当然だ。働き手の「心の資本」の総和は会社の盛衰を左右する。
この視点からすると、日本企業の現状は褒められたものではない。幸福感や安全性とは少し違う尺度だが、従業員が仕事に生き生きと向き合う度合いを示す「エンゲージメント」という指標がある。言われたことを忠実にこなす受け身のまじめさではなく、改善や新機軸に主体的、意欲的に取り組む姿勢を指す。
このエンゲージメントの国際比較調査を米IBMなどが実施しているが、日本はどの調査でも最下位近辺。自ら発案しない社員の集合体では生産性は高まらず、目を見張るようなイノベーションも生まれない。エンゲージメントの低い組織は欠勤率や労災の発生率、法令違反、備品の猫ばばといった負の事象が増えるという報告もある。
枯渇気味の「心の資本」を増強するために日本企業は何をすべきか。(中略)
真の働き方改革を実現するには、社員の心の領域にも光を当てる必要がある。
貨幣から心へ、というと聞こえはいいのだが、要するに世界のジレンマの行き場がないのである。
金で片づける、という時代はとっくに終わり、なんでもかんでもネットが支配しているかというとそうでもない。(むしろ支配されてるのではないか。)
心の時代
とも読み取れるが、その心がずいぶん疲弊しているようだ。
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