自由・規律・多様性
この記事を読んで涙がこぼれた。
多様性という言葉はきれいだが、実現は難しい。肌の色、性別、国籍など、とかく日本人は先入観で他者を決めつける傾向が強い。
イギリスの王子の妻が黒人の血を引いていて、それをエリザベスが認めたことに驚く。かつて大英帝国が植民地政策などを通じて奴隷としていた人種である。英国女王が黒人と家族になったのだ。
この多様性は隣国との軋轢に照らす。
ラグビー日本代表にはもともと隣国出身者もいる。力強く頼りになるフォワードだ。政治家の欺瞞で表現の自由が失われつつある日本で、このような多様性の象徴ともいえるラグビーワールドカップが開催されることを誇りに思う。以下の記事にもあるが、日本と対戦するアイルランドは2国合同チーム。隣国が南北で結成すのと同じである。
最後に、こうしたボーダーが消えゆく多様性に歯止めをかけようとするポピュリストは言うまでもなく、世界で1%にも満たない富である。自らの莫大な資産を守るため、ボーダーが消えゆくような傾向を”共産主義が再来する”と警鐘を鳴らすのだ。お門違いだ。すでに世界はもう富の平等な配分機能を失っている。資本主義も民主主義ももう存在しない。あるのはその言葉だけだ。
このラグビー日本代表を見て、将来日本のトップに黒人や女性が座ることを夢見る。
以下、日経「核心」2019/9/2より
ラグビーW杯を楽しもう 上級論説委員 大林 尚
自由・規律・多様性に触れる
最強の敗者へのリスペクトを肌に感じたのは4年前。ラグビーワールドカップ(W杯)イングランド大会のさなかだった。
ともすれば半人前扱いされることがあった日本代表は、予選で3勝しながらもポイント差で8強に残れなかったチームとしてラグビー史に刻まれた。優勝候補の一角、南アフリカを初戦で粘り倒した奇跡にはラグビーを国技にもつ英国人の多くが驚嘆した。当時ロンドンにいた筆者がパブに足を踏み入れると「日本人でしょう? 素晴らしい。おめでとう!」と肩をたたかれたのは一度や二度ではない。
W杯日本大会の開幕が20日に迫った。英国とその旧植民地で構成する英連邦の国・地域以外での単独開催は、2007年フランス大会以来2度目。アジアでは初めてだ。一ファンとして開催の意義を考えてみたい。
英国にはナショナルチームが4つある。イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドだ。特筆すべきはアイルランド代表がアイルランド共和国と英国領の北アイルランドとの南北混成チームであること。ジョンソン英首相は目下、欧州連合(EU)との離脱交渉にあたり、行き来自由なアイルランド共和国との間に厳格な国境線を画すのも辞さない構えだ。
しかし北アイルランド紛争で3000人あまりの犠牲者を出した苛烈なテロの歴史をふり返れば、往来の制限が自らの地政学リスクを高めることも自覚していよう。アイルランド代表は28日、静岡で日本代表と相まみえる。緑のジャージーのフィフティーンは南北一体の象徴である。
前回大会で日本に苦杯をなめた南アが最強豪ニュージーランドを下して優勝した95年南ア大会を素材にした映画に「インビクタス/負けざる者たち」がある。
アパルトヘイト(人種隔離策)の時代、国家反逆罪で27年も獄につながれていたマンデラは、隔離策に終止符が打たれたのちに大統領に就く。映画の隠された主題は白人に対する遺恨の封印だ。マンデラは必要とあれば政権中枢への白人の登用をいとわない。対ニュージーランド決勝戦のシーンでは、白人の南ア主将(ピナール)と同じジャージーを着て声をからす姿を映し出す。
10年ほど前の日本に話を移そう。政府の規制改革会議議長をつとめた草刈隆郎氏は、映画をみて「政敵への遺恨の封印は日本の政治にこそ必要だと思い至った」と話していた。自公政権の政策を次々にひっくりした鳩山民主党政権に向けられた感想だ。
やっとのことで軌道に乗った医療や保育の規制改革も、政権交代のあおりで行き詰まった。日本郵船の社長、会長を歴任した草刈氏は日比谷高ラグビー部の出身。マンデラの政治姿勢にノーサイドの精神を見て取っていた。
草刈氏にかぎらず経済界にはラガーマンが少なくない。日本製鉄の進藤孝生(こうせい)会長とラグビーとの出合いは秋田高1年のとき。英文学の泰斗、池田潔が英名門パブリックスクールの内情を描いた岩波新書の青版『自由と規律』を、教師の薦めで手にしたのがきっかけだった。
英国の生徒たちはこの団体競技からおのおのが置かれた立場をわきまえ、リーダーシップとフォロワーシップを身につける。その様を知り、ラグビー部の門をたたいた。
一橋大への進学後もラグビーを続け、同社では主に人事・総務畑を歩んだ。「業績が上がったときは、目立たぬが懸命に努力して支えた社員がいる。そういう人こそを評価しようと心がけてきた」。トライゲッターの陰にも、死に物狂いでタックルし、ボールを奪い、味方につないだ選手がいる。流れるようなそのプレーが観戦の醍醐味だ。
日本代表ジャージーにプリントされた「リポビタンD」のロゴ。公式パートナーである大正製薬の上原明会長は慶応大時代、同好会でプレーに明け暮れた。イングランド大会での躍進で広がるかにみえた日本のファン層だが、持続性がどうも弱い。その克服策についてアイデアを練る。
壁はルールの難解さだ。ボールより前にいる味方はオフサイドになりプレー不可、故意か否かを問わずボールを前に落とすとノックオンとなり相手ボールのスクラムで再開――。「基本のルールを簡略化し、競技場で観戦者のスマートフォンにひと目でわかる解説を流せないか。ラグビー経験者の視点は供給者の視点。それでは駄目だ。素人の視点を大切にし、特に女性に面白みを味わってほしい」
ルールがしょっちゅう改定されることも、理解の妨げになっているかもしれない。
関東協会公認レフェリーの李スンイル氏が書いている。「イングランドで生まれたラグビーは慣習法(英米法)の考え方が基本にある。ルールは時代や環境に合わせて見直され、その都度成文化される。時代や環境を問わず、成文化されずとも人として守らねばならないのがロー(原理、原則、おきて)である」(『ラグビーをひもとく』から)。
このローは、レフェリーを欺くな、相手をけり倒すな、などの類い。国家法(大陸法)の考え方が根づいた私たちには新鮮に映る成り立ちだ。
話がかたくなった。ラグビーW杯は出場選手に国籍要件を求めない。日本代表チームは日本人、日本籍を取った海外出身者、外国籍の者が交じる。多様性の面目躍如。ラグビーW杯を楽しもう。
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